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●4月
大学入学と同時に母親のすすめで、クレジットカード(マルイの赤いカード)を初めて作る。
●10月
ひとり暮し開始。教習所に通うローンを組むため、2枚目のカード(セゾンカード)を作る
大学の先輩と付き合い始めるが、お金持ちの息子であるにも関わらず着の身着のままで私のアパートに転がり込んで来る。
バイトにも学校にも行かないこの男、私の買い物について来ては、私のカードで自分の洋服を買わせたり、キャッシングをさせてパチンコに使ったりしはじめた。いわゆる「ヒモ」である。
この頃の月々の返済額は5万円。バイト代はほとんど持っていかれた。
そのヒモ男を追っ払い、堅実タイプの同級生と付き合いはじめる。
生活も質素になり、返済額も月々2万程度に落ち着く。
ぴあカードが日本信販と提携したため、初めて信販系のカードを持つ。
バブル絶頂期に就職。
早朝から深夜まで仕事に追われる日々。
ストレス解消法はたまの休日の買い物。
カードを使いまくり、返済額は月々15万円を突破するが、給与の手取りが毎月30万以上あったため、なんともない。貯金も1年で50万に。
貯金を元にアパートを引越し。家賃が3万円から7万円に上がる。
仕事の付き合いでJCBカードとJRのびゅうカードを作る。
だんだん景気が下降しはじめ、給料はどんどん減るが、月々の返済額は減らない。毎月キャッシングで補填するようになる。
絵画の展示即売の会場で、営業マンの口車に乗って5年ローンで220万円の絵を購入してしまう。
※いわゆる「展示会商法」と言われるもので、会場の奥で数時間監禁状態で説得され、ローンを組むまで帰らせてもらえない、という商法です。近年、公序良俗違反とする判決も出ています。 自分で「悪徳商法にひっかかった」と自覚するまでに5〜6年かかりました。絵画のほかに着物や毛皮、化粧品などもでも同じような商法が横行しています。
会社を転職するが、給料は今までの約半分。しかも、異常なほど金に執着する社長のもとでストレスだらけ。
4枚のカードのキャッシングも限度額いっぱいとなり、ついにサラ金から30万借りてしまう。
●1月
前回絵を購入した会社の展示会で、営業マンから「買い替え」を勧められる。断るために「私は○○が欲しいんだ」とそこに展示されていない作品名を言ったのが運のツキ。その作品を「探して押さえるための予約票」と称して、月々7万円・5年払いのローン契約書を書かされる。
「こんな金額は払えない」と言うと「前の絵買い取って頭金に回すので大丈夫、支払いは7月からなのでそれまでに前の絵を査定して「ローンを組みなおす」と説得されてしまう(1993年の「展示会商法」の2次被害です)
●2月
前月「予約した」絵画が突然運送業者から納品され、入替に前回購入した絵画が持って行かれる。この時点で前の絵のローンの残高は80万。
●4月
ついに社長と大ゲンカをして会社を辞める。しかし私のやっていた仕事を代わりにできる人がいないため、請負で月々7万円もらって仕事だけを続けるハメになる。空いた時間でバイトをし、5月から月収は10万円。返済も10万円。
●6月
翌月からの新しい絵のローンの確認書が届く。1月に書いた「予約票」通り月々7万円になっていたので、信販会社に抗弁書を出すとともに、絵画の営業マンに連絡。ところがその営業マンは退職しており、引き継いでいる人がいない。
納品されていた絵画を送り返し、「キャンセル」すると言ってみるが、再び絵は戻ってきてしまう。
絵画の販売会社の役員から連絡があり、「ローンの契約書を書き、クーリングオフ期間も過ぎているから返品はできない。ちゃんと払え」と脅迫される。
「そちらが買い取った絵の代金はどうなっているのか」と聞くと、「査定額は10万円で、新しいローンの1回目を払ったら振り込む」と言われる。
●10月
絵画の販売会社と交渉を続けたが、ローンの契約書を書いてしまっているため形成は不利。結局、紙の上で何枚かの絵を売ったり買ったりし、11月から月々3万円のローンを5年間払うことになる。
結果月々の返済額は17万ほどに膨れ上がる。もうお手上げ。アパートの家賃も滞りがちとなり、何度か退去勧告を受ける。
20歳の頃からかけていた個人年金を解約したり、危ないバイトをして、なんとか遅れながらも返済を続ける。
持っていたカードはすべて返却を要求される。
●8月
後任者が決まった、という理由で突如辞めた会社からの請負の仕事の契約が解除される。収入が途絶えてしまうため、実家に援助を求めるが、実家の商売もまったくうまく行かず、月に2〜3万がやっと。
本気で自殺を考える日々。
年末に信販会社のうち1社からの訴えで、裁判所から支払命令が届く。
年明け早々、仕事の紹介を受け、パートながら月収25万円程度が見込めることになったため、信販会社各社と再契約。合計返済額は月々15万円。
食事はほとんどカップラーメン。たまに吉野家で贅沢、という清貧生活を続け、返済額は月々10万円まで減少。
●10月
遠距離恋愛の彼が上京し、同棲をはじめるが、彼の給料が少なく、ほとんどを離婚した妻に送っていたため、生活費はすべて私持ち。光熱費や食費などで3割ほど上昇。ちょっと辛くなる。
●1月
年明け早々、勤務先のオーナー社長が急死。
●3月
亡くなった社長保有の株式などを巡り、役員と社長の遺族が対立。結局倒産整理をすることになる
●6月
会社整理の便宜上、退職扱いとなり失業保険を受け始める。手取りが20万を切り、生活が少し苦しくなる。
●7月
脱サラをして会社を設立する予定の人物に紹介される。会社の設立登記などを手伝うことになるが、「失業給付を受けている間は無給で」と懇願される。「失業保険が切れたら月給を保証する」というので、紹介者の顔を立てて渋々承知。この月は会社の設立と倒産整理を平行してやるハメになる。
●8月
整理していた会社のために自己破産申立の書類を作ったり、裁判所に通っていたが、ついに「同時廃止決定」を受ける。法人、個人の違いはあっても自己破産とはこんなものか、と複雑な心境に。
8月で失業給付が切れるため、新しい会社に9月からの賃金交渉をしようとしたところ、「思ったように受注が取れないので給料が払えない。今月いっぱいで辞めてくれ」と言われる。「話が違う」と詰め寄るが、「9月以降も雇うと約束した覚えはない」と一蹴される。
地域の組合に相談するが、失業給付を受け取っていたため、余り積極的になってくれない。それでも会社に組合に相談していることを告げると、2ケ月分として20万払ってくれた。
絶対に追加融資は受けないつもりだったサラ金から、残っていた融資枠いっぱいに借りてしまう。それに加えてわずかな蓄えと単発のバイトで、この年いっぱいはなんとか月々10万円を滞りなく返済した。
●1月
月々10万のペースで返済すれば、今年中に完済するはずだったのに、ついに蓄えも底を尽き、就職活動にも連敗。やっと同居人が月々2万円程度を入れてくれるようになったものの焼け石に水。
ホームページ作成の仕事の打診があり、まったく未経験だったが、3日間徹夜で猛勉強し、受注までこぎつける。
●2月
実家に事情を話し、当面アパートの家賃を負担してもらうことになる。
●4月
ホームページ作成の収入は月約5万。チビチビと返済はしていたものの、どう考えても追いつかない。各社からの督促状が毎日のように届きはじめる
●5月
残っている借金はあと110万。弁護士さんに任意整理を依頼。
●2003年8月 借金完済
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