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花粉症の季節である。
普通「花粉症」と言われているのは「スギ花粉によるアレルギー性鼻炎」のことだ。
いつの間に、こんなにも「花粉症」の人が増えたのかは定かでないが、今の季節、テレビも雑誌もドラッグストアの店頭も「花粉症」の文字が目立つようになって久しい。
なぜ、こんな話を始めるかと言うと、私は生まれながらの「アレルギー体質」だからだ。
みなさんが「花粉症」と呼んでいる鼻炎の症状とは生まれて以来、ずっと付き合っている。その他にも小さい頃は食べ物などによって、今「アトピー」といわれている症状にもよく見舞われたし、プールに入って目を良く洗わないでいるとすぐに「アレルギー性結膜炎」になった。「アレルギー性喘息」もあって、秋口には喘息の発作が必ず起こり、何度か救急車で運ばれたこともある。
アトピーや喘息は年齢とともにほとんど起きなくなったが、鼻炎には今でもよくなる。特にハウスダストに弱くて、干した布団を叩いたりすると、大変なことになる。だからなるべく布団乾燥機でガマンしているのだが、やっぱりカラリと晴れた日などは、ついつい陽に当てたくなり、叩いて鼻炎になって後悔する、ということを一人暮らしをはじめた17年前からずっと繰り返している。
私が子供の頃は「花粉症」という言葉も「アトピー」という言葉も、一般に使われることはなかった。
鼻炎で苦しんでいても、周りは風邪だとしか思わず、学校でも「いつも風邪をひいている子」だと言われていた。
アレルギー体質なので、インフルエンザの予防注射を禁止されていたり、食べてはいけないものがあったりしたのだが、小学校5年生の時の担任教師は、それを私が注射や嫌いなものを食べないために嘘をついている、と決めつけ無理やり予防注射を受けさせたり、給食もすべて残さず食べるまで監視した。
幸い大事には至らなかったが、それでも数日は安静が必要な状態になり、母が学校に怒鳴り込んだこともある。それほどアトピーも花粉症も世間に認知されていなかった、ということだ。
「治療」といっても、アレルギーの特効薬などないし、鼻炎になっても結局は市販されているような薬をくれるだけだったので、アレルギーの治療で病院に通っていたのは小さい時だけだ。
今では鼻炎の症状が出ても、放っておく。くしゃみも鼻水もうっとおしいが、そのうち収まるし、薬を飲むと眠くなって頭もボーっとしてくるので、滅多なことでは飲まない。30年以上鼻炎とつきあっていると、「あら、また」と思うだけである。
だから、最近の世間の大騒ぎぶりには驚いている。先日放送された花粉症対策の番組は、その番組始まって以来の最高視聴率だったという。対策もグッズも鼻炎薬もたくさんある。大きなマスクにゴーグルまでして町を歩いている人もいる。
生まれつきこの症状と付き合っている私は、辛いとはいえ、もう慣れっこになってしまっているが、大人になって突然鼻炎の症状が現れると、やはり相当に辛いのだろうか。私と違って「期間限定」なんだから、そんなに大騒ぎしなくてもいいのに、とこの騒ぎを傍観している。
こんなアレルギー体質の私だが、不思議なことにスギ花粉に対するアレルギーはないらしい。従って、今の季節鼻炎になるのは布団を叩いたり部屋を大掃除した時くらいである。
しかし、私は5月のゴールデンウィーク頃から飛散する「ブタクサ」の花粉と、梅雨明けの頃から飛ぶ松の花粉にはひどいアレルギーがある。だから私の「花粉症」の季節は世間から2〜3ヶ月遅れてやってくる。
その頃になると、テレビも雑誌も「花粉症」の「か」の字も言わなくなるし、あれだけ薬局やドラッグストアの店頭を飾っていた対策グッズも鼻炎薬もすっかりなくなってしまう。
初夏にひとりでくしゃみと鼻水を連発していると、春にはあれだけ自分の花粉症で大騒ぎしていた人まで「今頃花粉症?変なの〜」など言う。
子供の頃、周りの誰にも理解してもらえなかった鼻炎の辛さを分かってもらえるようになったのはちょっと嬉しいが、今度はそれが「期間限定」であるという誤った認識で捕らえられるようになった。
そんなわけで、私の花粉症対策は「放置」だ。
できれば、症状が一段落するまではなくべく動かない方がいい。
動くと、服や床に落ちた花粉が再び舞って、それを吸い込んでしまうので、じーっと動かないでいるのがいちばんだと思う。
「花粉症」のみなさん、もう1ヶ月くらいだと思うので、がんばってください。
日記でも掲示板でも、よく私は「急な出費があるかもしれないので、返済計画には余裕を持って」というようなことを言う。これは、私が特別慎重な性格だから、というわけではない。
最初から日記を読んで下さる方ならわかると思うが、このサイトを開設した頃、私には同居している彼がいた。今も別れたわけではないのだが、彼は広島県に住んでいる。
私と彼が知り合ったのは彼が離婚する直前のことで、離婚が成立した直後から同居をはじめた。
どちらかが一方的に悪い、という離婚ではないので慰謝料は発生しなかったが、子供がいたので、毎月7万円の養育費を彼から元妻に送っていた。彼の給料からみて、ちょっと7万円は高すぎた。同居中の家賃や光熱費は私が負担せざるを得なかった。
まぁ、それでも少しづつ彼の給料も上がっていたし、私もがんばって借金を返し終えれば、そこそこの生活はできそうな見通しは立っていた。
ところが、同居を始めて2年が経過したころ、彼の子供が重い心臓病を患っていることが発覚したのだ。長期入院を余儀なくされ(今も入院している)、小さな胸にはペースメーカーを埋め込むことになった。
理屈では親権は元妻にあるわけだし、彼は月々の養育費さえ払っていれば何の義務もない。でも実際元妻にはそれだけの医療費を負担する余裕もなかったし、子供のリハビリには男手も必要なのだという。
そんなわけで、彼は子供が入院している広島へ「転勤」の形で移り、私も同時期に倒れた自分の祖母の介護のために実家のある神奈川県に移った。
彼の子供の医療費は年間1000万円かかるのだそうだ。
多少は自治体からの補助や保険などもあって、全額負担するところまでは行かないが、それでも高額であることには変わりない。彼と元妻の実家で折半しているようだ。
アメリカに行って移植手術する、などというところまで行かなかったのはせめてもの救いだが、まだ30前の彼の給料のほとんどが子供の医療費になっていることは間違いない。
当然、私たちも交通費などの問題で滅多に会えない。最後に会ったのは去年の9月だ。
このような「急な高額の出費」は、誰にでも起こりえることだ。
債務整理をしても、給料のほとんどを返済に充てるような計画を立ててしまっていたら、本当にどうしようもなくなってしまう。
「早く返してしまいたい」という気持ちは誰でも同じだが、多少は貯金が出来る程度の余裕を持った返済計画を立てておかないと、「完済して立ち直る」という決意があっという間に崩れ去ってしまうことにもなりかねない。
掲示板を数日閉鎖したりしたのは、実は火傷をしてしまったからなのだ。
18日月曜日のお昼前の出来事だった。
私はいつも、朝10時過ぎに起きて、11時半頃ブランチを食べて仕事に行く、という生活をしている。
しかしその日は鈴木宗男議員の国会証人喚問が見たくて、いつもより1時間早く起きていた。そして、最後の辻本議員の質問が始まったあたりからブランチのパスタを茹でるためにお鍋にお湯を沸かし始めた。
我が家のキッチンは、ちょうどテレビに背を向ける形である。
辻本議員の質問がほとんど終わりかけた頃、ちょうどパスタが茹で上がる時間となり、キッチンでお湯を捨てるためにお鍋を持ち上げた時、テレビの中の鈴木議員が急に激昂し始めたのだ。
お鍋を持ち上げたまま、一瞬テレビの方を振り返った瞬間に、お鍋が傾き、その中の茹で立てパスタと熱湯が私の左の太腿を直撃した。
すぐに冷やしたので、我慢できないほどの痛みではなく、お湯とパスタを撒き散らした床を掃除したり、キッチンマットを洗濯したりした。
しかし、一段落ついてよく傷を見ると、皮は剥けてしまって、真っ赤になっている。急に痛みが差し込むようなひどいものに変わり、午後2時頃には立ち上がるのもつらい状態になってしまい、その夜は痛みで一睡もできなかった。
結局、約2週間経った今でも、塗り薬を塗って包帯を巻き、その上から保冷剤で冷やしながら暮らしている。皮膚の赤みも大分とれてきたものの、やはり歩いたりすると辛い。徒歩5分の職場が異常に遠く感じている。
自分の不注意に他ならないのだが、タイミングがタイミングだっただけに、連日テレビに何度も映る鈴木議員を見るたびに、痛みが増すような気がしてならない。
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